[閲覧注意]世界の殺人鬼


アーサー・サルヴェージ

1931年7月5日、イングランド南東部の小さな町、ラッキンジで11歳の少女、アイヴィー・ゴッデンが行方不明になった。彼女の遺体は3日後に、自宅付近の森の中で発見された。布袋に詰められて、土中に埋められていたのだ。頭部を強打されていたが、強姦はされていなかった。

 地元警察は警察犬を導入して、遺体が発見された場所からその足取りを追ったところ、アーサー・ジェイムス・ファラデー・サルヴェージの家に辿り着いた。半年ほど前にこの町に移住し、母親と共に養鶏場を経営していた23歳の若者である。
 尋問されたサルヴェージは素直に犯行を認めた。寝室で殺したのだという。動機を訊かれると、このように答えた。
「それが自分でもよく判らないんですよ」

実はサルヴェージに関しては以前から良からぬ噂が出回っていた。彼が引っ越して来てからというもの、この平和な町で女性が襲われる事件が相次いでいたのだ。強姦されるわけではないが、殴られたり、首を絞められたりする。その犯人として「よそ者」である彼が疑われていたのである。アイヴィーが行方不明になった時、サルヴェージも捜索に参加していたが、町民は口々に噂していたのだ。「あいつの仕業に違いない」と。

 そんなサルヴェージは意外にも上流階級の出身だった。「アーサー・ジェイムス」という名前は、父親の友人だった初代バルフォア伯爵、アーサー・ジェイムス・バルフォアに因んでいる。また「ファラデー」はファラデーの法則でお馴染みの物理学者、マイケル・ファラデーの親類であることを示している。母親がファラデーの姪っ子だったのだ。それほどの御方が何でまた、こんな田舎町で養鶏場を営んでいたのか?
 精神疾患があったのだ。暴行事件や窃盗事件を重ねた挙げ句に「療養」と称して、彼のことを溺愛する母親と共に田舎に引き蘢ったのである。

法廷において、サルヴェージは自白を撤回し、母親に責任をなすりつけようとしたが、陪審員は有罪を評決し、死刑を宣告した。但し、その後に精神異常と診断されて減刑の上、ブロードムーアに収容された。

 後に伝えられたところによれば、サルヴェージは実家の小間使いだったルイザ・スティール(18)の殺害も認めていたという。彼女の絞殺体は1931年1月24日にロンドンのブラックヒースで発見されていた。おそらく、この事件後に逃げるようにしてラッキンジに引き蘢ったのだろうが、サルヴェージがこの件で裁かれることはなかった。

アーネスト・ウォーカー

1922年4月某日夜、ロンドンはラウンズ・スクエアでの出来事である。某英国軍大佐に使用人として仕えていたアーネスト・ウォーカー(17)は、ディストリクト・メッセンジャー社のメッセンジャー・ボーイ、レイモンド・デイヴィス(14)を大佐の屋敷に呼び寄せて、拷問した挙げ句に殺害した。その後、ウォーカーは列車でトンブリッジまで行き、そこで巡回中の警官に犯行を打ち明けた。打ち明けられた警官は吃驚仰天したことだろう。早朝の出来事だったというから尚更である。

「ロンドンのラウンズ ・スクエアで人を殺しました。どうしてそんなことをしたのかは判りません。午後6時15分 から30分までの間に殺しました。鉄の棒で殴ったのです。先週の水曜日から気分が悪い状態が続いていました。今年の1月に流感で母を亡くしたのです。トンブリッジまで来たのは、じっくりと考える時間を作って、警察に事件のことを話したかったからです」

 間もなく大佐の屋敷内の煙が充満した部屋から、レイモンド・デイヴィスの遺体と、犯行の「計画表」、そして、執事に宛てた手紙が発見された。

「私がやったことを知れば、あなたは驚くでしょう。母が死んだので、自分も死のうと決心したのです。銃を入れた箱が動かされているとあなたが指摘したことがありました。私は否定しましたが、あれは私の仕業です。銃に弾丸を詰め、いつでも引き金を引けるようにしたのです。でも、結局、捨ててしましました。私はスローン・スクエアの事務所に電話を掛けてメッセンジャー・ボーイを呼び、玄関で待ちました。中に入って待つように云うと、食料貯蔵庫まで連れて行き、石炭用のハンマーで彼の頭を殴りました。なんて簡単なのでしょう。それから彼を縛り上げ、殺したのです。私が殺したのです。ガソリンが死因ではありません。ただ火をつけただけです。私は今でもずっと正常です。ただ、愛する母なしでは生きられないのです。あの愚かな少年を少しも罰することが出来ませんでした。ギャーギャーと泣かすことは出来ましたが。父と友人たちによろしくお伝え下さい」

 なお、アーネスト・ウォーカーは精神異常と診断されてブロードムア(刑事犯専門の精神病院)に収容された。1937年には釈放されて、その後は行方知れずである。

アーネスト・ローズ

アーネスト・ローズ(18)はロンドン在住の映画俳優、F・ダラス・ケアンズの付き人だった。彼の同僚たちはこの若者のオツムが些かイカレていることに気づいていた。というのも、前年の9月9日に愛人殺しの罪で処刑されたパトリック・マーンを英雄視していたのだ。また、近頃は婚約者殺しの容疑で逮捕されたノーマン・ソーンを英雄視していた。共に身勝手な理由で女性を殺害し、バラバラに切り刻んだ人でなしである。マトモな人間が英雄視する連中ではない。

思うに、ローズには「女性を殺して切り刻みたい」というオブセッションがあったのだろう。だからこそ、それを現実に行ったマーンやソーンに敬意を抱いていたのである。そして、彼らのようになりたいと切実に願ったのだ。

 彼の願いが叶ったのはソーンが処刑される12日前、1925年4月10日のことである。その日の晩、グレース・ブラッカラー(16)という可憐な踊り子とデートをしたローズは、彼女を自宅まで送り届け、お別れのキッスをした直後にカミソリで彼女の喉を切り裂いたのだ。
 翌朝、ローズは警察署に出頭し、犯行を告白した。その時にはグレースは既に死亡していた。

当時の新聞には、彼女と別れる際に、
「馬鹿な男ね。私があなたを愛しているとでも思ってるの?」
(You poor fool. What makes you think I could love you ?)
 と嘲笑されたことが犯行の動機と書かれているが、これはちょっとありえない。何故なら、ローズはカミソリを持っていたからだ。デートにカミソリを持参する者はまずいない。故に計画的な犯行だったと見るべきだろう。そして、オブセッションに囚われての犯行だったわけだから、動機などないのだ。ただ殺したかっただけなのだ。

 結局、アーネスト・ローズは「有罪だが精神異常」と評決されて、精神医療施設に収容された。その後のことは判らない。

アドルフ・ルートガルト

早速、捜査に当たった警察は、5月1日の晩にルートガルトとルイーズが工場付近を歩いていたとの目撃情報を得た。それ以降、彼女を見た者はいなかった。
 また、工場の従業員からこんな聞き込みがあった。
「あれはたしか4月24日でしたかねえ、社長がね、蒸し器で苛性カリ(水酸化カリウム)をドバッてね、大量に溶かしてたんでさあ。何するのかと思ってねえ。劇薬ですよ、もちろん。あの中に落ちたら、人間だって溶けちまいますよ」
 問題の蒸し器を覗くと、底に何やらドロっとした茶色いものが残っている。それを布袋で濾してみると、いくつかの骨片と「LL」と刻まれた金の指輪が発見された。ルイーズ・ルートガルトのイニシャルである。
 彼女がここで殺されて、溶かされたことは間違いない。

それでも念のため、本当に死体が溶けてしまうか実験したというから恐れ入る。どこから調達してきたのか、本物の死体を蒸し器に入れて、苛性カリで浸して2時間ほど煮詰めた。すると、死体は跡形もなくなり、先に発見されたのとまったく同じ物質に変化した。成分は石鹸と同じである。
 つまりルイーズは、後にナチスがユダヤ人の死体でそうしたように、石鹸となってしまったのである。

ルートガルトは否認したが、あらゆる証拠が彼の犯行を物語っていた。骨片は病理学者によって人間のものであることが証明された。詰め物がされた歯は歯科医のカルテによってルイーズのものであることが証明された。そして、どうして金の指輪を外さなかったのかも判明した。ルイーズはリューマチで指が曲っていたために外せなかったのである。
 終身刑を云い渡されたルートガルトは、1899年7月27日、獄中で心臓麻痺を起こして死亡した。彼は最後まで否認し続けたため、どのようにして殺害したのかは判っていない。

アルバート・フィッシュ

アルバート・ハミルトン・フィッシュ(Albert Hamilton Fish、1870年5月19日 - 1936年1月16日)はアメリカのシリアルキラー、食人者。「満月の狂人」(Moon Maniac)、「グレイマン」(Gray Man)、「ブルックリンの吸血鬼」(Brooklyn Vampire)などの異名で知られている。正確な数字は明らかではないが、多数の児童を暴行して殺害(1910年から1934年までに400人を殺したと自供)。肉を食べる目的で殺害された児童もいる。児童だけではなく、成人も殺害しているとされる。なお、「満月の狂人(Moon Maniac)」という異名は、犯行が満月の日に行われたことが多かったことに因む。

アメリカ犯罪史で史上最悪の殺人鬼と呼ばれている。

身長165cm、体重58kg。(130 pounds and 5 feet 5 inches tall)

アメリカの連続殺人、食人者。被害者の数は不明。
異名の由来は満月の夜に犯行が行われることが多かったから。

他には「グレイマン」、「ブルックリンの吸血鬼」の異名があります。
アメリカ犯罪史上最悪の殺人鬼と呼ばれ、恐れられています。

小柄で一見では紳士的な雰囲気を持つ人物。

しかし自身に針を刺したり、焼いたりするほどのマゾヒストであり、同時に他者を拷問するサディストでもあるという危険人物。

ある被害者少女はフィッシュに食べられているのですが、その遺族に少女の調理法や味などを手紙に書いて送っています。

最期は電気処刑となるのですが、「一生に一度しか味わえない、最高のスリル」と本人談。
最期まで筋金入りです…

弁護人は精神異常を主張したが、陪審員は有罪を評決し、フィッシュは死刑を宣告された。陪審員の一人はこのように語った。
「奴はキチガイだとは思うが、電気椅子送りがふさわしい」
 これに対して、彼の精神鑑定を担当したフレデリック・ワーサム博士が反論した。
「この男は治療出来ないばかりでなく、罰することも出来ないのです。彼の歪んだ心は、最後に味わう究極の苦痛として電気椅子を待ち望んでいるのです」
 事実、フィッシュは電気椅子に座ることを楽しみにしている旨を記者たちに語った。
「わくわくしますよ。まだ試したことがありませんから」

アルフレッド・パッカー

チャップリンの『黄金狂時代』は、ドナー隊が遭難したトラッキー湖畔で撮影されているが、物語のモチーフはむしろ本件である。
 アルフレッド・パッカーが人を食べたことは間違いない。問題なのは「自ら殺して食べたか否か」だ。

時は1873年秋、アメリカ西部はゴールドラッシュで沸いていた。今日も一獲千金を夢見る19名の一行がユタ州ソルトレイクを旅立った。その先達を務めたのが、元北軍兵士のアルフレッド・パッカーだった。
 数週間が過ぎた。成果はさっぱりだった。遭難寸前でインディアンの部族に助けられた。酋長曰く、
「もう馬鹿な夢を追うのはおよしなさい」
 10名が酋長の助言に従った。ところが、残りの9名は諦めなかった。
 やがて意見の違いで仲間割れし、二手に分かれた。パッカーの先達としての腕前に疑問を抱き始めた4名は、グニソン川沿いに下ることにした。それでも2名が餓死した。一方、パッカーを信じた5名は全滅した。食べられたのだ。

-未分類

×
CLOSE
CLOSE