最高速への挑戦!レコードブレーカーの歴史


数多くの栄冠に輝いたレーシングカーで1904年に150km/hを達成した世界最初の自動車となった。

この頃まではスピード記録は専用車ではなくレーシングカーによって達成されていた。

2人乗りでドライバーはルイス・リゴリーとアーサー・デュレイ

1906年に200km/hの壁を破る205.5km/hを達成し世界記録を樹立した蒸気自動車。 この頃までエンジンには蒸気機関が使われていたが、これ以降ガソリンエンジンが主流となったため、蒸気自動車としての速度記録は2009年まで破られることは無かった。

ドライバーはフレッド・マリオット

1924年に234.92kmを達成したイタリアの名門メーカーによるレコードブレーカー。
この頃から記録のために航空機用のエンジンが使用されるようになる。

ドライバーはアーネスト・エルドリッジ

数々のスピード記録を打ち立てたサンビームのスペシャルモデル。ヌメっとした外観からか、「スラッグ(なめくじ)」という酷い異名を持つ。
1927年に時速200マイルの壁を破る203.79マイル/h(327.97 km/h)を達成。
ちなみに名称は1000HPだが実際には900馬力だった。

ドライバーはのちにゴールデンアローで記録を更新するヘンリー・セグレーブ

1929年に372km/hを達成し最高速記録を更新したイギリスのレコードブレーカー。エンジンには航空機用のW型12気筒エンジンを使用し、馬力はこの車でついに1000馬力にまで上がった。

ドライバーはヘンリー・セグレーブ

数々の記録を叩き出したレコードブレーカー・ドライバーの大御所、マルコム・キャンベルが1932年に408.63km/hの記録を達成した際の車。

レコードブレーカーの搭乗者の多くが事故死している中、マルコム・キャンベルは最後まで生き長らえた。

1939年に600㎞/hの壁を破る634.196km/hを達成。
航空機用W型12気筒エンジンを二基使用し馬力は2500まで大型化。「エンジンで車輪を回す」普通の自動車としては最後のタイプ。

ドライバーはジョン・コッブ。
彼は後年モーターボートのスピード記録に挑戦した際に事故死してしまった。

時速400マイルの壁を最初に突破したのがスピリット・オブ・アメリカ。

細長い流線形に三輪と横から見るとジェット戦闘機にしか見えないが、実際にエンジンは朝鮮戦争で活躍したジェット戦闘機、F-86セイバーのものがそのまま流用されている。この頃からエンジンで車輪を回すのではなく、車輪は単に「車体の重さを受けるだけ」のものになっていく。

ドライバーは後に二代目の後継機でさらに記録を塗り替えるクレイグ・ブリードラブ。

1960年から1964年にわたりスピード記録を塗り替えスピリット・オブ・アメリカと火花を散らした。
最終的に出した記録は1964年の664.96km/h

パイロットのドナルド・キャンベルは数々の記録を打ち立てたマルコム・キャンベルの息子だが、1967年の挑戦で事故死してしまった。

F7U戦闘機に使用されるウェスチングハウス社のジェットエンジンを搭載してブルーバードの記録を塗り替える668.027km/hを達成した。

ところがなんとその3日後「グリーンモンスター」が大幅に記録を更新。 本当の三日天下に終わってしまった。

SFチックなフォルムで登場したレコードブレーカー。「空飛ぶ棺桶」と呼ばれたジェット戦闘機「F104 スターファイター」のアフターバーナーエンジンを搭載している。
見掛け倒しではなくウィングフットエクスプレスが記録を達成した3日後、891.604 km/hを叩き出し大幅に記録を更新した。

ブルーバード・プロテウスによって破られたスピリット・オブ・アメリカの最高速記録を取り返すべく登場した後継機。
前輪2、後輪1の三輪車に今度はF-4ファントム戦闘機のエンジンを搭載。ついに時速600マイル(966㎞)の壁を突破した

ドライバーは初代機と同じくクレイグ・ブリードラブ

アメリカガス協会がスポンサーにつき、ついに液化ガスと過酸化水素水を燃料にしたロケットエンジンを搭載。1970年に時速1000km/h(瞬間最大では1014km/h)を達成した狂気マンマンのレコードブレーカー。

パイロットはゲイリー・ガヴェリック。

ビール会社のバドワイザーがスポンサーとなり音速突破を目指して作られたレコードブレーカー。 ブルーフレームによく似た車体に液体・固体ハイブリッドのロケットエンジンに誘導ミサイル「サイドワインダー」のブースターを使用している。

1979年に1190.37km/hを達成しブルーフレームの記録を塗り替えたが、計測がレギュレーションに則っていない不備があったため記録は公認されていない。

どことなくグリーンモンスターの再来を思わせる異様な外観のレコードブレーカー。

1983年にトップスピード1047.49 km/h、1時間以内に二回走行する標中間時速の平均でも1019.468km/hを達成し文句なしの記録更新となった。

ドライバーはリチャード・ノーブルで1997年のスラストSSCによる記録更新にもディレクターとしてかかわった。

出典lrnc.cc

F4戦闘機のエンジンを二基積むという怪物レコードブレーカー。

1997年の挑戦で1227.985km/hを達成し衝撃波も計測。ついに音速を突破してしまった。
パイロットはイギリス空軍中佐のアンディ・グリーン。

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