映画『紅の豚』の誕生秘話や豆知識と制作エピソードのまとめ


『紅の豚』 1992年の映画

飛行艇を操る空賊が横行していた、第一次大戦後のイタリアはアドリア海。賞金稼ぎの飛行艇乗りであるポルコ・ロッソは、空賊たちには天敵の存在。自分の顔を魔法で豚に変えてしまったポルコを何とかやっつけたいと一計を案じた空賊たちは、アメリカからスゴ腕の飛行艇乗りを呼び寄せ、彼に一騎打ちを迫る。

あらすじ

監督
宮崎駿
脚本
宮崎駿
原作
宮崎駿
製作
鈴木敏夫
製作総指揮
徳間康快
利光松男
佐々木芳雄
出演者
森山周一郎
加藤登紀子
岡村明美
桂三枝
上條恒彦
大塚明夫
音楽
久石譲

キャッチコピーは「カッコイイとは、こういうことさ。」。

賞歴

第47回毎日映画コンクール音楽賞、アニメーション映画賞
• 全国興業環境衛生同業組合連合会・第9回ゴールデングロス賞最優秀金賞、マネーメイキング監督賞
• 第5回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞
• 文化庁優秀映画作品賞
• アヌシー国際アニメーションフェスティバル・長編映画賞

売上

興行収入 47.6億円 配給収入 27.13億円 動員 304万9806人

「飛ばねえ豚はただの豚だ」

「飛ばねえ豚はただの豚だ」っていう名台詞の豚が主人公の『紅の豚』。もともとは旅客機の機内上映用に作られるはずだった作品。

『紅の豚』は、徳間書店・日本航空・日本テレビの三社提供で予算は2億円という「30分のショートムービー」として制作がスタートすることになりました。

宮崎駿監督の『紅の豚』の準備がスタートしたのは1991年の3月。

当初は1990年末までに『おもひでぽろぽろ』の制作が終了し、その後スタッフが『紅の豚』へと移行する予定でしたが『おもひでぽろぽろ』の完成が後ろへとずれ込んだため、『紅の豚』にスタッフを割くことが出来ないままでのスタートとなりました。

スタジオジブリは『おもひでぽろぽろ』より社員制度を導入したため、毎月スタッフに給料を支払う必要が生まれていました。そうした理由から制作スケジュールに空きを作る事が出来ないという事情があったわけです。

そのため準備に入ったのは、なんとたったの宮崎監督ひとり。しかし一人で始めたのはスケジュールのためだけの理由ではありません。なんと『紅の豚』は15分程度の短編として企画された作品だったからです。

大作が続くジブリにとって気楽な作品を作って次回作へのステップにするのも重要だろうと宮崎監督は考えていました。特に『おもひでぽろぽろ』のような難易度の高い作品で疲弊したスタッフにはリフレッシュ出来るような短い作品が適当だろうと。

「国際便の疲れ切ったビジネスマンたちの、酸欠で一段と鈍くなった頭でも楽しめる作品」が当初の予定でした。

一方、鈴木敏夫(すずきとしお)プロデューサーは絵コンテを読み、その内容を面白いと思わなかったといいます。

そこで鈴木は宮崎に質問をしました。

「どうしてポルコは豚なんですか?」

「なんで豚なんでしょうね」

と自らに問い直すように答えた宮崎は、他のスタッフに質問を投げかけるなどした結果、作画監督を務める賀川愛(かがわめぐみ)から、

「自分で自分に魔法をかけたんじゃないですか」と答えをもらってしまったという。

その話を聞いた鈴木は、

「じゃあ、なんで魔法をかけたんですか」とさらに問いかけた。

するとしばらくした後、宮崎は、

「ジーナというキャラクターを作ったんです。この人がその理由を知っているんです。」と答えたと言います。

そんなやりとりの中から『紅の豚』の原型が固まっていったといいます。

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